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個人差

どんな事にも個人差はある。僕は身長が165無い。はっきり言って恥ずかしい。けど、それはもうしかたの無いことだと思う。あくまで個人差だから。

たいていの競技は体格の良し悪しで強いか弱いかが決まる。けど、水泳は違う。もちろん鍛えてあるかないかの差はあるけど、身長はそんなに関係が無いと思う。だから水泳だけは続けられている。欧米の選手に日本の選手がレースで勝つところが最近特に多く見られるようになって来た。体格では圧倒的に不利な日本人がだ。それは体格の差を埋めてなお差をつけるだけの、体格に変わるプラスの要素「テクニック」を身につけたからだといわれている。それを身につけるためにトップスイマー達はきつい練習をしたと思う。自分はまだまだそのレベルには到達していないからその人たちの苦労は想像する事しかできない。
その人たちが「苦労」を乗り越えられたのはやっぱり、目標があったから。その目標の後ろに喜びがあることを知っていたからだと思う。

目標あるもの情熱あり
情熱あるもの成果あり
成果あるもの喜びあり

こんな言葉を胸に練習しているチームがある。うちのチームではないが、一度そのチームの練習を見に行った時に、一人一人が自分自身と戦っている。その中で楽しみを見つけているそんな感じがした。

個人差の話をもう幾つか。
タイムの伸びる時期も個人差。今どんどんタイムが伸びている人がいるし、スランプの人もいる。けど、どっちの時期も全員にいつか回ってくる事。ただ単に早いか遅いか。そのときのやり方でその人の最後の結果が見えてくると思う。タイムが伸びてる時にその状況であることに満足している人はスランプが来た時に対応ができないと思う。スランプの時期にあがける人はスランプから脱した時に一気にタイムを伸ばせると思う。これもちょっと勇気をもてるかどうか。ちょっと先を見れるかどうかの違いだと思う。ただ、これは一人じゃ無理だと思う。自分がそういうときの支えになってあげられるかは分からない。多分無理だと思う。馴れ合いでも良いじゃん。お互いに励ましあっていけば良いじゃん。それがチームだし部活だと思う。スクールじゃこんな事はできない。だから部活でやる意味があるんだと思う。

弱音を吐くのはいくらでもできる。だけど、そんなときに今まで自分を支えてくれてきた人の事を考えて欲しいと思う。みんなその人が喜びを感じられるようにと思って一生懸命やってくれている。そんな人たちに対して何もする前から弱音を吐くのは失礼だと思う。別に弱音を吐くなとは言わない。人間だから誰だって吐きたくなる。ただ、吐いた後にはどうしたいのかをしっかりと考えて欲しい。うん。

どんな事でも個人差があると思う。むしろ無きゃ気持ち悪い。一番大きな個人差は、強くなれるかどうか。ひとりで強くなれる人はそういないと思う。いたら会ってみたい。けど、誰かの力を借りてなら強くなれると思う。力を借りる勇気みたいなものを持ちたい。一匹狼でもいいのかもしれないけど、そうなれるのはどこかで誰かに支えてもらえてるって分かってるからなのかもしれない。

ふと思ったことをがむしゃらに書くとこんな感じかぁ・・・
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  1. 2005/05/05(木) 22:36:12|
  2. 徒然なるままに・・・|
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